2008年08月10日

Peace・・・・

8.9urakami_005.jpg


思い出してください。  あなたの大切な人を・・・・・

続きを読む
posted by roko-papa at 01:38| Comment(10) | TrackBack(0) | 悲しい出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月05日

愛のない言葉・・・・

karako2_001.jpg



この前行ってきた「唐比蓮園」の睡蓮の花の写真です。



karako2_002.jpg



多くの方が、美しい花を楽しんでいました。



karako2_003.jpg



美しい「ナイルの花嫁」たちは、とても神秘的でした。



karako2_004.jpg



    「愛のない言葉・・・・」


憎しみからは何も生まれません。それは、分かっています。

でも、原爆で多くの広島、長崎の非戦闘員の方々の命が一瞬で奪われて
しまいました。
そして今なお、多くの方々が原爆の後遺症で苦しんでいます。

これがどうして、「しょうがない」ことなのでしょう?

愛のない言葉は、聞いた人を絶望のどん底に突き落とします・・・・。
posted by roko-papa at 19:44| Comment(11) | TrackBack(0) | 悲しい出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月29日

旧長崎刑務所(2)

kyukeimusyo_010.jpg


「旧長崎刑務所」  長崎県諫早市野中町

5月27日(日)、佐世保の北、平戸口へ行く途中の車の中で、「旧長崎刑務所」
が、来月から取り壊しになるということを初めて聞きました。
しかも民間所有者から土地、建物の管理を任されている地元諫早の市民グルー
プが25日から27日までの3日間(午前10時〜午後4時)、旧刑務所の内部を
公開するとのこと・・・。 えぇ〜〜、知らんかった〜〜!!不覚!
知ってたら、内部の写真を撮りに行ったのに〜〜〜〜!!

仕方ないので、以前撮っておいた写真を、少しずつアップして行こうと思います。
しかし、歴史的にも貴重な建物が、いとも簡単に壊されるというのは、
如何なものか? 全体は無理だとしても、一部だけでも保存する訳には
いかないのだろうか・・・・?


kyukeimusyo_011.jpg


「所務刑崎長」と書いていますが、「長崎刑務所」と読みます。

あっ、分かっていますね。すみません・・・・。


kyukeimusyo_012.jpg


この扉から、いろんなお方がお入りました。


kyukeimusyo_013.jpg


この扉から、いろんな方がお出になりました。(逆かもしれませんが・・・。)


kyukeimusyo_014.jpg


なにやらカッコイイ建物です・・・・。


kyukeimusyo_015.jpg


今にも屋根が、落ちてしまいそうな感じがします。


・・・・・・つづく。
posted by roko-papa at 22:38| Comment(16) | TrackBack(0) | 悲しい出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月18日

「もし、私が知ってさえいたら」

ame_hana_001.jpg

今日、長崎には、悲しい雨が降っています・・・・・。


「もし、私が知ってさえいたら」という素敵な詩があります。


アメリカで同時多発テロが起きたころに出会った詩です。そのころ、この詩は、
貿易センタービルに突入した消防士が書いたもの、残された遺族が書いたもの
だとされていましたが、正しくは Norma Cornett Marek さんが、亡くした子供
にささげる詩として 1989 年に書いた"Tommorow Never Comes"だそうです。


悲しい事件や事故が起こるたびに、思い出して読んでいました・・・。


この詩を、亡くなった伊藤市長とこの事件によって傷ついた方々に捧げます・・・。




   「もし、私が知ってさえいたら」


もし、ぐっすり眠っているあなたを見るのが
これで最後だと知ってさえいたら、私はあなたをもっとしっかり、
毛布に包んであげ、神様の祝福を祈っただろう

もし、外出するあなたを見るのがこれで最後だと
知ってさえいたら、
私は、あなたをしっかり抱きしめ、キスをし、出かけるあなたを
もう一度、呼び止め、もう一度しっかり抱きしめたことだろう

もし、あなたの心からの、ほめ言葉を聴けるのが
これで最後だと知ってさえいたら
私は、それを毎日繰り返して見ることが出来るように、
あなたの言葉とその態度のすべてをビデオに撮影したことだろう。

将来の道を考えるための明日はきっとあるし、
きっと来ると考えている。
すべてをやり直すための明日はきっとくるはずだと、
私たちは考えている

「愛しているよ」といえる別の日がいつか必ずあるのだろう、
「何か手伝いましょうか」と言える機会が
またきっとあるのだと思う。

しかし、万一、それが間違いだったら、あなたはどれほど
愛しているのかを伝えられるのは、今日しかないのだ。
そのことを決して忘れないようにしたい。

若者にも、そうでない者にも、明日という日は
約束されているわけではない。

だから、今日こそ、あなたが愛する人をしっかり
抱きしめることができる最後の機会かもしれないのだ。

もし、あなたがなすべき明日が待っているのであれば、
今日実行してみたらどうだろう。
もしかしたら、明日は来ないかもしれないし、そうなったら、
きっとその日、あなたは後悔することになるだろうから。

笑顔を見せること、抱きしめたり、キスしたりするための
ほんのわずかな時間
相手があなたに求めている、唯一の、
最後の願いだったかもしれないそれらのことを、
多忙を理由に拒否してしまったとしたら、
きっと後悔することになるだろう。

だから、今日、愛する人をしっかり抱きしめよう。
そして耳元でささやこう
愛していることを、いつも大切な人だということを。
「ごめんなさい」「ありがとう」「大丈夫」
「いてくれてありがとう」と時間をとって伝えよう。

そうすれば、もし明日が来ないとしても、今日、この日に、
後悔することはないだろうから。


                     (関根一夫 訳)

posted by roko-papa at 20:20| Comment(11) | TrackBack(0) | 悲しい出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。