2007年08月30日

「龍の絵」

あれは6月のおわり頃、
昼食をすませ会社に帰っていると、あるお店の前で、おじいちゃんとお店の人が
なにやら話していました。お店の人は顔見知りだったので、
「どうしたの?」と聞くと
「このおじいちゃんがこのポスターをほしいと言ってきたけど、貼ったばかり
なので、あげられないって言っていたところですヨ。」
そのおじいちゃんに「何に使うのですか?」と聞くと
「精霊船に使おうと思って・・・・。」

どうしてもこのポスターが必要のようだったので、
「カメラで写真を撮っててあげるから、明日あのビルの2Fの○○会社に写真を
取りに来てください。」と約束しました。
翌日ポスターを何枚か撮らせてもらい、A4の用紙にプリントしました。
そしてその写真をおじいちゃん渡すと、おじいちゃんは何度もお礼を言って
帰っていきました。

それから2ヶ月がたち、そんなことがあったことも忘れていた頃、
そのおじいちゃんがおばあちゃんをつれて、美味しそうなメロンとビールと
たくさんの「精霊船」の写真をもって、その時のお礼にやってきました。
「精霊船」はおじいちゃんのお兄さんの船だったそうです。
どうしても「印灯篭(しるしどうろう)」に「龍の絵」を描きたくてずっと絵の見本
を探していたそうです。

「あれくらいでお礼だなんて、とんでもないですよ。」と言うと、
「あんたに名前を聞いても教えてくれんやったけん、ばあさんに
怒られとったとよ。」とおじいさん。すると、おばあさんが、
「住所も教えとってくれんね。心配なか、悪かことには使わんけん。
うちの名前と住所も教えとくけん、なんかあったら言うてこんね。」
「・・・・・・・ど、どうも、ありがとうございます。」
有無を言わせない迫力!このおばあさんはすごい。
こらから文通でも始まるのか・・・・・。
「精霊船の写真も記念にもらってくれんね。」
「・・・・・・・ど、どうも、ありがとうございます。」
遠慮して(?)、2枚だけもらいました。


おじいちゃんの描いた「龍の絵」はとても力強く、そしてとても優しい絵でした。



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【印灯篭(しるしどうろう)】
その家や町の「シンボルとなる提灯」のことです。
そこには精霊船以上に趣向が凝らされます。個人船の場合は、一般に故人が
嗜好したものや職業、家紋など目立つ絵が描かれます。


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2007年08月27日

「ロバート・キャパ展」

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25日(土)の昼休みに、「ロバート・キャパ展」へ行ってきました。
会場は子供から年配の方まで、多くの人が来ていてちょっと
ビックリしました。

お昼休みの時間に充分見ることができると考えていましたが
時間が全く足らず、休みの日にくればよかったと後悔しました。

見終わっての感想はというと、
こころにどっかりと鉛の塊がのしかかってきたような、
そんなおもい気持ちになりました。うまく気持ちを表現できません。
浮かんできたのは「平和」とか「悲しみ」とかそんな言葉ではなく、
廃墟の中に一人寂しくとり残された感じの虚しさに近い感覚・・・・。

嫁さんに会社まで車で送ってもらいましたが、二人とも沈黙。
しばらくして嫁さんが

「平和な時代に生まれてきてよかったね・・・・。」

ありきたりな言葉ですが、なぜか私も強くそう思いました。


機会があればもうもう一度見に行き、ゆっくり考えてみたい作品展でした。
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2007年08月24日

「世界一幸せにするさ〜!」のその後

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ふたりが出会った頃、
ただ、好きだと思っていた頃の気持ちは
とてもシンプルだったはずなのに
二人の距離が近くなればなるほど、
気持ちが複雑になってしまうのはどうしてだろう?   (・`ё・)


一昨日の夜は雷を伴って雨が強く降っていましたが、今日のお昼休み
には良いお天気になっていたので、いつもの公園へ缶コーヒーを持って
お昼休みをゆっくり過ごしに行きました。それにしてもまだとても暑い!
公園には、いつものようにお昼休みをのんびり過ごす人たちが集まっていま
した。そのなかに、あの「世界一幸せにするさ〜!」のカップルを発見!

面識は全くないのですが、なぜか旧友に出会った気分でちょっぴり
嬉しい気分。
でも今回はベンチがかなり離れているので、なにを話しているのか
まったく知ることはできません。でも二人の様子から見ると、明らかに
「世界一幸せなカップル」とはいえない状況です。
いよいよこのカップルにピンチが・・・・・!
何事か二人でモメています。きゃーこわい!


女の子:「#$%&’○ЙЯ▽◇”〜=!」

男の子:「¥〜$#&)☆б¢(ЪЮ*!」

あっ、女の子が怒って立ち去って行ってしまいました!

おっ、それを男の子があわてて追いかけていきました!

近くの人たち:「・・・・・・・・。」

roko-papa:「・・・・・・・・・。」



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ひゃ〜、今後あの二人はいったいどうなってしまうのか?
また、ときどきこの公園へこなくっちゃ。
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2007年08月22日

佐賀北、優勝おめでとう!

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わしゃ、吉野ヶ里の国王である。そこらあたりのおやじではないぞよ。
ちょっと貧相に見えるが、じつはとっても偉いのじゃ。
わしの国の子孫達が、野球というもので他の国の軍勢を打ち破り
全国制覇を成し遂げたそうな。あっぱれあっぱれ。
今日はめでたい日であるから、吉野ヶ里の国を挙げて祝いじゃ!
のう、卑弥呼どの。



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私はノーメイクの卑弥呼です。近所のおばさんではありませんわよ。
ちょっと貧相に見えますが、お化粧をすると別人よ!
今日は一晩中踊りあかそうではありませんか。
「日本一たい焼」を一個残らず買い占めておいで!



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ということで、吉野ヶ里は国中あげて喜んだのでした。

めでたし、めでたし。

今年は、「長崎日大」ベスト4、「楊志館高校」ベスト8と九州勢が
大活躍しとても楽しい甲子園大会でした。

では、また!
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2007年08月20日

不幸中の幸い

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世間では、「不幸中の幸い」という言葉を良く使いますが、
とても面白い言葉だな〜と、いつも思っています。
たぶん外国にも同じような言葉があるのでしょうが・・・

不幸でありながら、幸せも感じてしまう大変便利な言葉です。

先日、仕事中に手を滑らせて鉄のプレートを、
右足の親指に落としてしまいましたが(これは不幸)、運良く
親指の爪にあたり(これは幸せ)、爪はダメになりましたが
(これは不幸)指の切り傷は最小限ですみました(これは幸せなこと)。

皆がそれを見て、「不幸中の幸いだったね!」と口を揃えて
言ってきました。血が噴出しているにもかかわらず・・・・。

不幸中の幸いがあったら、幸い中のの不幸もあるだろうし、
不幸中の不幸、幸い中の幸いだってあるに違いない。

で、私は不幸だったのか?それとも幸せだったのか?

みんなが幸せだと言うのだから、きっと幸せだったのでしょうね。(^-^;

つくずく便利な言葉だ。

ところで、今日は甲子園で、長崎代表の長崎日大と大分代表の
楊志館高校の準々決勝の試合がありました。
同じ九州勢の試合、勝ったのは長崎日大でした。
大分県の方々は、負けたのが同じ九州の高校で「不幸中の幸いだ」
と思ってくれているのかな?
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2007年08月15日

ゆきあいの空

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毎日、とても暑い日が続いていますが、
空にはすでに秋の気配が感じられます。



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今日は8月15日、あの悲惨な戦争が終わった日です。

生きている喜び、生きていく苦しみ寂しさ、そして感謝の
気持ち・・・・・

傷ついたこころ、悲しみや寂しさを忘れるため、がむしゃらに
働き続けた62年間だったのかな・・・?



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「The End of The World」   (歌詞の一部より)

なぜ鳥たちは昨日と同じようにさえずっているの?
星たちも何も変わることなく輝いている
この世界は気づいていないのね
あの人の別れの言葉とともに
すべてが終わってしまったということに・・・

朝 目覚めたとき私は戸惑ってしまった
なぜ何一つ変わっていないのだろう
辛くて受け入れられない
私が愛を失ったというのに
何事もなかったように続いているすべてが・・・



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絶望の淵に立たされたとき、世界のすべてが何も
なかったかのように、昨日までとなんら変わらぬ営みを
続けていることに戸惑いを感じます。

でも、わたしたちは
何も変わらないかのように、何ひとつ語りかけることなく、
でもひたすら営みを続けるすべての物事に、
ゆっくりゆっくり愛され、深く深く慰められ、癒されているのです。

はるか太古の昔から、何も変わらずこの季節にあらわれる
「ゆきあいの空」のように・・・


吉野ヶ里遺跡】  8月11日撮影
日本最大級の弥生時代の環濠集落遺跡です。

国営吉野ヶ里歴史公園事務所
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町1869
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2007年08月13日

日本一のたい焼き

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この美味しそうな鯛焼きは、佐賀の神埼市にある「日本一たい焼・城原本店」
の、日本一の鯛焼きです。

何が日本一かというと、一日の売り上げ個数が日本一だそうです。種類は、
黒あん・白あん・カスタード・抹茶の4種類です。以前は種類が、もっとあった
ような気がしますが、現在はこの4種類です。一個 140円。若干高い金額
ですが、頭の先から尻尾の先まであんがったっぷり入っていて、そとは
パリパリ、中はあんこたっぷりで、とても美味しいと評判です。
夏だというのに、この鯛焼き目当てのお客様が次から次へやってきます。
オススメは、黒あんとカスタードです。


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食べた方も多いと思いますが、食べたことのない方は佐賀の神埼に行った
ときは、ぜひ食べてみてください。


【日本一たい焼・城原本店】
佐賀県神埼市神埼町城原山崎1258  
TEL 0952−53−6832

支店が各地にあるようですが・・・・・。


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ちなみに、世界一のギネス申請を行っているそうです。
でも「鯛焼き」は、日本にしかないのでは?
だったら、日本一イコール世界一ってことですよネ?
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2007年08月09日

8月9日の願い・・・・

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ひとつひとつの願いは、とても小さなものだけど
たくさん、たくさん集まって、大きなチカラになればいい。



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あの時も、きっとこんな青空だったんだ・・・・・・



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一瞬にして、7万4千人の尊い命が奪われたということは
「しかたないこと」では絶対ないはず・・・・・。



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「あってはならないこと」なのだ。



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みんなの願いが、天に届いたらいいと思う。



                  2007年8月9日 浦上天主堂
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2007年08月08日

富川渓谷・五百羅漢

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この岩は、ただの岩ではなく近くによってみると・・・・・


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このように、仏像がたくさん彫られています。

ここは、「五百羅漢」で有名な諫早市にある富川渓谷です。
この時期は、涼を求めて多くの人たちが訪れます。
この日は、「轟の滝」に行くつもりでしたが、お墓掃除に時間が
かかり出発するのが遅くなったため、「富川渓谷」に変更しました。


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ビールを持っていければ最高ですが運転者なので、コーヒーと
手作りクッキーをバスケットに入れ、のんびりとピクニック
気分で出発!


日曜日とあって多くの家族連れで賑わっていました。
わたしと嫁さんは、雑踏から逃れて上流の方に行き、の〜んびり
過ごしました。うちは嫁さんが海が苦手なので毎年、夏はほとんど
「轟の滝」で川遊びでした。樹々が生い茂り、水は冷たく
森林浴もたっぷりでき、半日過ごすと心身ともにリフレッシュ
できます。この「富川渓谷」は、轟にくらべると小規模ですが
人が割と少なく遅く行っても、ゆっくり過ごすことができました。


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鳥のさえずりと樹々の緑、川のせせらぎが、こころと身体を
癒してくれます。

【富川渓谷・五百羅漢】
元禄12(1699)年8月13日、本明川の大洪水により諫早領は
死者487名、稲3930石が減収という大きな被害を受け、
翌年は逆に大干害で田畑は荒れ、人々は2年続きの災害のために
苦しみ、領内には飢える人が多く出ました。
このため、諫早家第7代茂晴公は、災害による犠牲者の冥福を祈り
また今後の災害を除くため、ここ水源の地・富川峡谷の岸壁に
五百羅漢を刻むことを発願しました。
長崎・大村・島原などの寄進を受け、元禄14(1701)年に製作に
とりかかり、宝永(1709)年に完成しました。
posted by roko-papa at 19:53| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月05日

天国に行きたい人は・・・

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平和記念像です。
8月9日の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」向かって急ピッチで会場作り
が行われていました。

平和記念像といえば、子供の頃
伯父さんに「平和記念像の右手と左手の意味を知っているか。」と聞かれた
ことを思い出します。

「いいえ、知りません。」と答えると、ニヤリと笑って、


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「右手の意味は、『天国に行きたい人は』で・・・・、」



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「左手の意味は、『教会に行きなさい。』だ。」と、教えてくれました。



平和記念像の左手が指す方向には・・・・・・、


heiwa_004.jpg



浦上天主堂があります。


きっと浦上あたりの人たちにとっては、ベタなジョークだと思いますが、
初めて聞く私にはおおいにウケました。
私が面白そうに笑ったら、伯父さんはとても満足そうに微笑みました。


【平和祈念像】
平和祈念像は、長崎出身の彫刻家、北村西望(きたむら せいぼう)氏によって
長崎市松山町にある平和公園の北端に建てられた像です。
被爆10周年にあたる1955年8月8日に完成しました。

神の愛と仏の慈悲を象徴し、垂直に高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に
伸ばした左手は平和を、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っています。


それから何十年もの時が流れました。いま伯父さんは像の右手の指す天国で
楽しく暮らしていることでしょう・・・・。
posted by roko-papa at 22:12| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月02日

あるとちょっと嬉しい・・・・

amenoyoru_001.jpg


長崎は台風のコースから外れ、風は少々あるものの静かな雨の日の夜を
むかえています。

久々の雨で、庭の芝生や草花たちや野菜たちは嬉々としているようです。

こんな日は、雨音と好きな音楽をBGMに、
あったかいコーヒーを飲みながら、静かに夜を過ごします。


「愛の言葉」はなくても生きられるけど、あるとちょっと嬉しい・・・・。


最近であった素敵な言葉。(ラジオのCMで流れていたフレーズです。)

強制的、脅迫的、断定的な言葉はいやだけど、
「あるとちょっと嬉しい・・・」のような、控えめな言葉は、
こころにぐっと、しみてきます。
posted by roko-papa at 23:08| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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